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札幌地方裁判所 昭和33年(わ)515号 判決

被告人 広岡資憲 外一名

主文

被告人両名を各懲役十月に処する。

理由

一、罪となるべき事実

第一、被告人広岡資憲は、昭和三十三年四月十六日札幌郡手稲町旭町福田隆方において同人所有の女物袷一枚外七点を窃取した事実により、同年六月十日札幌簡易裁判所において懲役一年六月の判決を言渡されたところ、同月十八日右被告事件によつて勾留されていた札幌市大通西十四丁目所在大通拘置支所内四舎五房においてそれまで面識のなかつた相被告人川村朝雄と同房するに至り、偶々自己の経歴境遇等を打明けて同情を引こうとしたのに対し被告人川村が之に応ずるような態度を示すのを感知するや、前記判決の確定を待つて再審を請求する一方、被告人川村に委嘱し、被告人川村において何等関知しなかつたのに拘らず前記窃盗の所為は被告人川村が犯したものである旨虚偽の供述をなさしめて自からはその処罰を免かれようと企て、翌同月十九日頃より三日間位に亘り同監房において被告人川村に対し、右窃盗の罪は被告人川村が単独で犯したものの如く装つてその処罰を受けて貰いたい旨及び後日自己の申立てる再審事件公判の際に証人としてその旨虚偽の供述をして貰いたい旨依頼し、その際自己の前記犯行を逐一告知して爾後の処置につき詳細な打合わせをなし、以て被告人川村を唆かして右依頼に応じて偽証をなす決意を生じさせ、よつて被告人川村をして第二記載の如く偽証をさせ、

第二、被告人川村朝雄は、前記依頼に応じ被告人広岡の請求に係る前記窃盗事件の札幌簡易裁判所昭和三三年(に)第二号再審請求事件につき、同裁判所法廷において同裁判所裁判官大池一則に対し、証人として宣誓しながら、前記窃盗事件につき何等関知するところがなかつたのに拘らず前記福田隆方の窃盗は自己の犯行に係るものである旨虚偽の供述をなし、以て偽証をなし

たものである。

二、証拠の標目〈省略〉

三、累犯前科

被告人広岡は、昭和二十八年三月二日岡山地方裁判所津山支部において詐欺罪により懲役二年、昭和三十年五月三十一日岡山地方裁判所ににいて詐欺罪、窃盗罪及び銃砲刀剣類等所持取締令違反により懲役二年に各処せられ、その頃刑の執行を終えたものであることが検察事務官堀栄一作成に係る同被告人の前科調書及び同被告人の当公廷における供述によつて明白である。

被告人川村は、昭和二十五年六月三十日札幌地方裁判所において詐欺罪及び横領罪により懲役二年六月に処せられたが、昭和二十七年政令第百十八号によりその刑を一年十月十五日に減軽され、更に、昭和二十七年五月二十七日同裁判所において窃盗罪及び横領罪により懲役二年、昭和三十年十一月二十五日札幌簡易裁判所において横領罪により懲役十月に各処せられ、当時その執行を終えたものであることが検察事務官堀栄一作成に係る同被告人の前科調書及び同被告人の当公廷における供述によつて明白である。

四、弁護人の主張に対する判断

弁護人は、被告人広岡の関係につき、刑事被告人が自己の被告事件につき他人を教唆して偽証させる場合は、本来偽証罪の正犯たり得ない被告人の身分の特殊性と、刑法第百四条が自己の刑事被告事件に関する証憑湮滅を処罰していないことから見て、偽証教唆罪の成立を否定すべきであると考えるのが妥当であるから、被告人広岡に対する本件偽証教唆罪の成立については疑義がある旨主張するのでこの点につき判断するに、刑事被告人には所謂弁護権が与えられ、訴訟の結果を自己に有利に導くべき行動を執る自由が認められているのであるが、然し、たとえ自己の犯罪を免かれる目的に出たものとしても、苟くも他人を教唆して他の罪を犯さしむるが如き所為は、自己の弁護権を逸脱した行動に属するものであつて、その教唆の所為につき刑罰の責任を負わなければならないものであると考えるのが相当であるから、右主張は採用することが出来ない。

五、法令の適用

法律に照らすと、被告人広岡の判示所為は刑法第百六十九条、第六十一条に、被告人川村の判示所為は同法第百六十九条に各該当するところ、被告人等には前示前科があるので夫々同法第五十六条、第五十九条、第五十七条を適用して各所定刑に法定の加重を施したる刑期範囲内で被告人等を各懲役十月に処する。

尚、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用して被告人等に負担させないこととする。

よつて、主文の通り判決する。

(裁判官 石垣光雄)

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